b002昨日、1月17日は阪神・淡路大震災から20年という節目の日でした。

当時の私は、大学1年生であり、ちょうどお正月に実家に帰り、神戸大学に進学した親友と久々に遊んだあとの出来事でした。

就寝中の地震であったため、多くの方が犠牲になりました。

私の親友も灘区に住んでおり、音信不通となりました。

 

当時私がバイトしていた大垣の会社で、社長に召集が掛けられ、その日のうちに4tのアルミバントラックで大量の水のペットボトルを被災地へ運びました。

 

これが私の災害ボランティアの始めての経験となりました。

 

この直下型地震は、局地的に甚大な被害を与え、インフラも壊滅状態となりました。

 

震災を風化させてはいけない。

 

 

この震災から日本国民は多くのことを学び、今日にいかされています。

 

消防組織の変革や建築基準法の改正、ボランティアセンターのシステム化など、多くのことがこの教訓でいかされてきています。

青年会議所でも災害ネットワークの全国的な組織化、マニュアルなど地域で活動する私たちが全国の仲間とつながり、災害支援を相互に行える体制を整えています。そして日々進化させています。

 

岐阜県も120数年以上前に濃尾地震を経験しています。阪神淡路大震災よりも多くの犠牲者が出ました。この2つの地震に共通することは、活断層型地震であり、被害は主に建物の倒壊や室内家具の転倒による圧死でした。家具転倒防止金具や、防災非難袋の確認など常日頃の心構えをしっかり持つことが大切です。

 

多くの尊い命が数多くお亡くなりになりましたが、その犠牲を無駄にならないよう、これからの私たちの防災にいかさなければなりません。お亡くなりになりました多くの方のご冥福をお祈りいたします。

 

 

写真は阪神淡路大震災「1.17の記録」から転載しています。こちらにある写真は、 クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに基づき使用させていただいています。

追伸:私の友人は、被災しましたが、現在は元気に健在しております。